筆者が一番好きな作家は森博嗣先生です。
森先生の作品はミステリ作品として面白いというのは勿論、登場する数々のキャラクターが魅力的なのが特徴です。中でもいわゆる天才キャラを書かせたら森先生の右に出る者はいないでしょう。天才を生み出すことができるのは天才だけなのです。この天才キャラ達を中心とした知的でセンスのある会話や文章こそが森作品の醍醐味であるといえます。
そんな森作品には、心に残る名言が幾つも存在しています。天才は良いことを言うのです。そこで、森先生の小説の中から個人的に好きな名言、というよりはお気に入りの一文を下記にまとめてみました。全てのシリーズを対象とすると膨大な数になってしまう為、今回は短編集5作品の中から選んでおります。
1作品から3つ程度選んでおりますが、それぞれの作品のリンク先には筆者の好きな文章を「お気に入りの一文」としていくつも載せてありますので、気になった方はそちらも合わせてチェックして頂ければと思います。
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まどろみ消去
何かを失ったのではない。最初から何もなかった。それに気がついただけ。そう、最初からなかった。何もなかった。
カップラーメンを食べることにしたんだけど、たまたま一つしかなかったから、二人で交代して食べた。あんときのカップラーメンほど、旨かったものはないなあ。もう一度食べられるんだったら、千五百円くらい出してもいい。
あとあとそれが何の役に立つのか、あるいは何の役にも立たないのか、まるでわからない。けれど、わからない場合には、とりあえず何でも経験しておくのが、この世界の常套手段である。
地球儀のスライス
何故、僕のストーリィだけが、完結しないのだろう。もちろん、死んだら完結するんだけれど、死んだら、僕自身には認知できない。自分のストーリィだけ、ラストを知ることができないなんて、なんて不合理なんだろう。
バラサラという名の駅に到着するまでに、萌絵は犀川の躰に六回触れることができた。もう少し本気になって躰を支えていたら、二回だっただろう。
「誰、秋子って?」「知らない?」「知らない」「あのね……、私だよ」彼女は自分の鼻先に指を当てると、白い歯を見せて、ぷっと吹き出し、周りの連中が振り向くほど高い声で笑った。
今夜はパラシュート博物館へ
世の中に存在する問題の大半は、問題自体がどこにあるのか、何が問題なのか、ということが明確に提示されない。それが最大の問題なんだ。
自分も直感的にそう思った。先入観というものは恐ろしい。思考は、最初の印象によって無意識に限定される。その不自由さが問題を複雑にし、解決を遠ざけてしまうことが多いのだ。
自分は決して悪くない。人のせいだ、運が悪かったのだ。神様にすべての責任を転嫁して、身も心も軽くなる。人間の自由と進化は、こうして心の安定と引き替えに失われていく。
それにしても暗い。目が慣れていないせいかもしれないが、尋常の暗闇ではなかった。これでは、何か怖ろしいものが突然現れても何も見えないから、恐いものなし、ともいえる。
虚空の逆マトリクス
これほどエラーの多いスクリプトはないのに、何故か止まらずに走り続ける、それが人間の仕様だ。
バーチャルの世界でも、結局、人は社会の中でしか生きられない。他人に囲まれて、他人と比較しないと、自分を見失ってしまうのだろう。
なにしろ、タクシーというものは、鉄道や郵便とは反対で、時間が多くかかるほど料金が高くなるという極めて不合理な料金システムを採用している。これと同じものは、病院や医者だけではないだろうか。
レタス・フライ
少なくとも期待はしていない。どうしているだろうか、と思い出すくらいが人間関係のベストの状態といえる。それより疎遠になると関係とは呼べないし、それより密接になると面倒だ。
ただ、考えないようにしていたことは確かだ。正直に告白すれば、私はいつも、この種のことを考えないようにしている。常に、予感はあるのに、予想しないようにしている。何故だろうか。たぶん、きっと、これしか自分を防衛する手段を知らないからだろう。
大人になって一番の進歩っていえば、面白くないのに笑えるようになっちゃったってことかな。
いかがだったでしょうか。
まとめてみると、改めて森先生の凄さを実感しました。
こんなにもコンスタントに名言と呼べるような文章を生み出すことができる小説家はなかなかいないのではないでしょうか。
他のシリーズについても近い内にまとめていこうと思っています。